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第270号:採用活動に関する大学との共同研究-7

今年も人事労務管理を研究している大学のゼミ生との共同研究報告会を行いました。今回で9年目になりますが、本年度のテーマは『ゼミ活動の実態と有用性』で、簡単に言えば、採用担当者は何故、大学の勉強を重視しないのか、ということです。先日、日経新聞の一面に、企業人事は大学成績を重視するようになるとの報道がされましたが、大学の学びを理解するにはいろいろな課題があるようです。

 

学生達がこの問題意識をもったのは、インターンシップの選考面接での体験からです。「あなたが最も力を入れていることは何ですか?」というお約束のコンピテンシー面接に、彼らは待ってましたとゼミ活動のことをアピールしたのですが、面接者はあまり関心を示してくれず、「サークル活動は何かやっていますか?」「アルバイトは何をしていますか?」と幅広く質問を投げかけてきたそうです。(これは複数の企業で同様に見られた現象でした。)

 

何故、学生の本分である勉強のこと、それも講義のような座学ではなく、議論を繰り返して論理的思考や問題解決力を鍛えるゼミ活動のことに関心が持たれないのか?真面目で熱心な学生達は、この点を猛烈に調べ始め、以下のような現象の確認と仮説をたて、大学生約700名と企業約60社にアンケート回答をとり、更に企業人事部16社への訪問取材を行って検証しました。

 

① 面接においてゼミ活動のエピソードを話している学生は少ない

② 企業はゼミ活動の実態を把握できていない

③ 企業はゼミ活動について自ら質問をしない

 

ここで明らかになったのは、採用担当者は大学の勉強を軽視しているわけではなく、学生も話さないし、採用担当者もゼミ活動について詳しくないので、勉強を一所懸命に行った学生の評価ができない、ということです。大学の勉強(ゼミ活動)は、「役に立たない」ということと、「良く知らない」ということが混同されていたのです。採用担当者の興味・理解・評価は、そのバックグラウンドに応じて変わってくる、もっとストレートに言うと、大学で勉強(ゼミ活動)を熱心にやらなかった採用担当者は、勉強を軽視しがちだということです。その後、学生達からは、以下のような提言がなされました。

 

① 学生に向けて:ゼミ活動を必死にやると同時に、説明力を身につける

② 大学に向けて:ゼミ活動の特性を理解できる客観的データを提供する

③ 企業に向けて:ゼミ活動を理解出来る場にやってきて見学・参加する

 

この報告を聴いた企業採用担当者の方々からは、ここ数年で最も良くできた報告だ、との評価を戴きました。それは来年度の採用活動時期の後ろ倒しに際して、何かをやらなければ、という採用担当者の気持ちにも響いたからでしょう。冒頭でお伝えした授業成績の再評価も同じ気持ちから始まったものではないでしょうか。この研究成果が多くの採用担当者に理解され、来年はより良い就職・採用活動がなされることを祈りたいと思います。末文になりますが、皆様、良いお年をお迎え下さいませ。

 

第269号:「入社試験手数料」から見えること

企業の採用広報活動が始まり、いろいろと面白いニュースも飛び交っていますが、ドワンゴ社の新卒入社試験の受験料制度は最近の出色です。実は、私も採用担当者時代(15年くらい前ですが)にやってみたいと秘かに考えていました。当時と違うのはネット環境による応募の急増ですが、こうした採用手法の基本的な戦略や課題はあまり変わっていないと思います。

 

今回の企画の意図については、創案者のドワンゴ会長のインタビュー(文末URL参照)に詳しく語られています。こうした記事はニュースにみせた宣伝活動ということもありますが、この記事についてはかなり真面目に語られていると思います。その中でも、私が注目したのは、会長が採用担当者のやり方に何度も激怒している点です。これは有名企業ではあまり出てこない自己批判のコメントですが、採用担当者は「求める人材」や「あるべき採用手法」または「やってはいけない採用手法」について気づいていないことがあります。ベンチャーから急成長した大企業によく見られる現象です。

 

どんな会社でも最初は人材獲得に苦労します。当然ながら新卒採用など行わず、中途採用でできる人を必死にかき集めます。特に同社のようなIT業界では、コンピュータオタクでとても一般企業では勤まらないような人材が集まり、公私混同で鬼のように仕事をします。会社の中で喧嘩のように意見をぶつけあいます。場合によっては社員が会社を飛び出て物別れになることもしばしばです。それこそがスタートアップのベンチャー企業の爆発するようなエネルギーなのですが、運良くそうした企業が成功すると、いわゆる大企業病的になり、無難な選択しかできなくなってきます。

 

ライブドア時代で絶好調時の堀江貴史氏(ホリエモン)に「最近の人事の課題は何ですか?」と尋ねた時、「最近の社員は辞めないんですよ。昔は意見がぶつかりあってどちらも譲らず『こんな会社辞めてやる!』『おお、辞めちまえ!』といったことがあり、飛び出た社員は自分で会社を作ってしまったものです。ところが最近の若い社員は、意見がぶつかると『わかりました』とすぐに引き下がって辞めないんですよ。中途半端な人が増えてきたんじゃないかな。」という答えが返ってきました。

 

有名企業になってくると本来の「求める人材」ではない人材が大量にやって来ることになり、気づかぬ間に採用の手間ひまもコストも上がります。しかし、もっと注意しなければならないのは、採用担当者がそのことに気づいて手を打てるかどうかです。ドワンゴ社の「受験手数料」、ホンダの「優等生不要」、ソニーの「学歴不問」、岩波書店の「縁故重視」等は、全ての人に応募して欲しいわけではなく、わかる人だけに応募して欲しいという意味では同じ考えです。こうした戦略を経済学では「自己選択メカニズム」と言います(文末URL参照)。まさか同社がそうした経済学を学んだ学生を狙ってのことだとは思いませんが、今の採用活動を考え直すキッカケをくれたというのは良いことだと思います。

▼参考URL:

「新卒入社試験の受験料制度導入について」 (ドワンゴ)

http://info.dwango.co.jp/recruit/graduate/guideline01/

「ドワンゴ「入社試験に受験料」発案の川上会長に聞く」(ITmedia)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1312/06/news064.html

「自己選択メカニズム」(早稲田大学 武藤泰明教授)

http://muto-web.jp/rensai/keyword036.html

第268号:「頑張ったこと」から「やるべきこと」へ

12月を目前にして、採用担当者の動きもいよいよ慌ただしくなってきました。Web上での受付を準備して大学訪問の予定をたてて・・・というのは例年通りですが、採用面接については、少し変えてみようかな、と考えている企業がチラホラ出てきました。今までの質問ではどうも大事なことを見落としているかもしれない、ということなのです。

 

こう語られたのは複数の有名企業の採用担当者の方ですが、その問題意識は大卒新入社員の早期離職から生まれました。早期離職の要因は、配属された職場での人間関係や業務内容との相性、いわゆるミスマッチと考えてきたそうです。その点は変わらないけれど、最近は面接で高評価の学生ほどやめていくように見えるとのことです。

 

求める人材の中に、「やりたいことが明確な人」というのがありながら、最初の配属が希望通りでない場合に優秀な学生ほど「時間の無駄だ」と考えて転職行動にでるようです。(これは外資系企業ではあたりまえのことですね。自分のキャリアは自分で選ぶ社会です。その意味では、若者の方が企業よりグローバル対応が早いのかもしれません。)

 

さて、どうしたものかと悩んだ採用担当者の方は、面接の質問を少し変えてみようと考えています。これまでは「どんなことでも結構ですが、貴方の頑張ったことは何ですか?」と体験談を掘り下げていくコンピテンシー面接でしたが、学生は自分のやりたいこと(好きでやってきたこと)をテーマにすることが多いです。この面接の視点は間違ってはいませんが、それに加えて「貴方が誰かに依頼されてやり抜いたことは何ですか?」「やりたいことではなく、やるべきこととして挑戦したことは何ですか?」という質問をしてみたいとのことです。現実の会社での仕事の与えられ方に近い質問ですね。

 

最近また、「入社後3年以内に辞める若手社員」の問題がメディアでとりあげられています。今はブラック企業とのタイアップのニュースにされることも多いです。この問題は永遠になくならないと思いますが、それに対応する努力はできると思います。この採用担当者であれば、このように面接の質問を変えることで改善しようとしていますが、一方で学生も対応力をあげることはできると思います。

 

例えば、「信頼貯金」という考え方をもつことです。これは私の授業で、ある企業人事の方が学生に話されたことです。『初対面の他人の依頼でお金を貸す人がいないように、仕事の実績がない新入社員にいきなり大きな仕事は預けられません。なので、まずは簡単で小さな仕事をこなしてみて、それができたら次に少し大きな仕事を・・・という積み重ねの中から信頼を貯めるのです。そして自分の提案を聴いて貰えるようになるのです。』(多くの学生が納得していました。)

 

これは言い換えれば、モチベーションを貰う人ではなく、モチベーションを作れる人、ということです。私は学生がこうした考え方を知るだけでも相当にストレス耐性や現場対応力は向上すると思っています。やりたいことばかり考えさせすぎた(問い続けてきた)ことが、却って若者の能力を削いでしまったのかもしれません。

 

第267号:無いものねだりの「求める人材」

企業セミナーで、採用担当者からの説明や学生からの質問でもっとも多いものに「求める人材」がありますね。このテーマについては以前も書きましたが、私は「求める人材」を求めすぎる人は「正解探し」をする人なので、あまり求めたくありません。正解のない問題に試行錯誤しながら挑戦するのが社会なのですから。(大学も本来はそういう場なのですけどねえ。)しかし、意外と採用担当者もこの点に気づいていないことがあるようです。

 

これはある中小企業の相談にのった経営コンサルタントの話です。その企業の新卒社員の早期離職率は、30%どころか70%で人事担当者が困っておりました。決してブラック企業ではなく、比較的良い企業なのですが、新入社員に「こんなはずではなかった・・・」と思われ、早期離職してしまうそうです。困った人事担当者は経営コンサルタントに相談し、入社式で講演をして貰うことになりました。すると、離職率がいきなり0%となり、辞める社員はまったく居なくなったそうです。さて、どんな講演をしたのでしょう?

 

この経営コンサルタントが話したのは、こんな内容です。

「君たちは就職活動の時にこの会社の説明を聞いたと思いますが、その時に『求められる人材』という話があったでしょう。ハッキリ言いますが、『求められる人材』とは『あるべき姿』であって、実際この会社にはそんな人はめったに居りません。これはどんな会社に行っても同じです。だから、これからそれぞれの仕事の現場に就いて、現実とぶつかるでしょう。でも、それは先輩社員も同じで、皆さん方を期待して迎えてみて『え、こんな新人の面倒をみるの?』と思われるかもしれません。だからお互い様ですね。そこからが始まりです。先輩も新人もお互いに理解し合って、『求める人材』になれるように頑張るのです・・・。」

 

これはコンサルタントのスキルのひとつである「エクスペクテーション・コントロール(期待値の管理)」というものです。クライアントである顧客の期待がどの程度のものであるかを把握して、現状や提案との大きな乖離がないように事前にしっかり説明することです。コンサルタントは往々にして過大な要求を受けて過大な期待をされがちですから。

 

新卒採用の言葉で言えば、リアリティショックの軽減ですね。要はワクチンをうっておくということです。今の学生は授業の説明の受け止め方が、本当に自分の都合良いところだけ、都合の良いように聞いています。あまりに自己都合になってきたので、私は授業のルールを紙に印刷して配布することにしています(なんだか外資系企業みたいになってきました)。

 

さて、だんだんと増え始めた企業セミナーをたくさん聞いていると、やはり採用担当者は声高々と「求める人材」を語ります。この経営コンサルタントの話を聞いた後に、何人かの採用担当者にこっそり尋ねてみたら、「ええ、確かにそんな人はなかなかいませんね・・・。」と気づかれた方が多いです。人事から依頼されてやってきたある現場社員からは「ええ、人事部の資料の『求める人材』なんて凄すぎるので、私は別にうちの部署に『望ましい人材』と勝手に話しています。」と伺い爆笑しました。「求める人材」は採用選考基準ではありません。採用担当者が語るのは、入社してからそんな社員になって欲しいという気持ちなんですね。もうちょっと気楽に受け止めて良いと思います。

第266号:コンピテンシー面接(自己分析)の弊害

10月になり、各地の大学には企業採用担当者が『業界研究』に訪れるようになりました。大学内の掲示を見ると、12月からは『企業研究』のオンパレードです。過去のコラムで何度か書いておりますが、私は大学生が社会を知るためにこうしたセミナーが開催されること自体は良いことだと思っており、採用選考の時期が早すぎるのが問題だと思っています。

しかし、この2つのことを切り離して考えるのは学生にも企業にとっても難しいようですね。企業の採用選考活動は、大学生に大きな影響を与えますから。例えば、すっかり主流になったコンピテンシー面接は、学生の社会を知る努力や意欲をすかっり削いでしまったと感じています。

コンピテンシー面接について改めて説明する必要はないかと思いますが、学生の行動実績にフォーカスし、その体験事実からどんな能力を身につけたかを問うものです。ここで問題になってしまったのは、一部の企業では『事実』の有無だけを聞きだし、将来への志望や見通し(志望動機)を問わなくなったことです。そうした企業の言い分を聞いてみると「学生の志望動機は社会をあまり知らずに語るから参考にはならない」「何を言ったかではなく、何をやってきたかで評価する」等々、ごもっともです。

(私はこのような上目線の面接をする採用担当者は嫌いですが。)

学生もそうした企業にあわせて、自分の過去の体験を振り返る『自己分析』に力を入れるようになりました。ここには『自分らしさ』『個性』をゆとり教育の影響もあるのでしょう。その結果、社会を知る『業界・企業分析』は後回しになり、『志望動機』はますます表面的なものになってきました。

改めて『自己分析』という言葉がいつ頃から使われてきたかと調べてみると、それはバブル後の90年代前半からです。更に古い前世紀の話で恐縮ですが、私が就職活動をした80年代には『自己分析』という言葉を聞いたことはなく、『自己PR』という言葉も珍しかったです。逆に誰もが必死に考えていたのは『志望動機』です。

当時はまだ指定校制度がありましたので、企業のセミナーに行って話を聞くということは有名校だけに許されたことでした。そのため、私のような中堅大学生は、新聞記事のバックナンバーを調べたり、証券会社の資料室に出向き、志望動機を考えるために、その業界や会社のことを一所懸命に調べたものです。そして、結果的にそれが社会を広く知ることとなり、行動力や調査力や忍耐力や根性になったものです。いま思えば、それは大学でレポートや論文を書く作業とも全く同じことでした。(残念ながら、当時も勉強のことはあまり面接では問われませんでしたが。)

翻って、いまの企業の採用活動を見ていると、学生に対して罪なことをしているなあ、と思わされます。特に情報洪水社会の中を生きる今の若者は、多忙で効率を求めがちで無駄なことをしたがりません。コンピテンシー面接自体は良い面接手法だと思いますが、せめて『志望動機』も聴いて欲しいものです。それは自社に応募してくれた学生に対する礼儀でもあります。そして研究不足で世間知らずとわかったら、すぐに不採用で結構ですから。

第265号:ついに登場!『就活サービス業界』

10月に入り、就活シーズンになりました。と言っても、企業や学生の話ではなく、就職支援サービス業界の仕事始めのことです。業界研究本の2014年度版が書店に揃って並び始めると、今年もいよいよかと思わされます。これまでは大手3社位だったところに、新規参入があったりで選ぶのに迷います。業界研究本は、社会人が読んでも十分、仕事の役に立ちます。そんな中、いつかは出るだろうと思っていた記事が出ました。そうです、『就活サービス』です。

 

業界研究本は、定番的に扱う各業界の分析・紹介記事と、その年々によってトピックとなる経済特集の記事とで構成されています。その分類・分析方法は、出版社によって個性があって面白いです。ちなみに、私は企業売り上げ構成比率(事業分野)が掲載されているものが好きです。著名な企業が意外と知らない事業分野で活躍してシェアをもっていることがわかります。

 

そんな中、今回の「日経業界地図」(日本経済出版社)に、冒頭で述べた『就活サービス』というのが初登場しました。まだ定番のコーナーではなく、注目の業界という特集記事の扱いですが、この産業の経済や雇用の規模が相当に大きくなったということなのでしょう。同書ではこの業界の企業を、メディア系、採用コンサルティング・アウトソーシング系、学生就職支援系と、主に3分野に分けて紹介しています。企業採用担当者や大学就職課の方々にはお馴染みの企業が並んでおりますが、半ページの扱いなので、正直まだまだ物足りない気がします。

 

もっともこの業界はどこまで就活サービスかは難しいと思います。リクルートスーツを販売するアパレル業界や、就活イベントで数万人を運ぶ交通機関、学生と企業を結ぶ通信インフラ業界等は、相当な規模ですが、『就活サービス』とは言われません。仮に学生がリクルートスーツに3万円かけるとして、日本の就活学生約60万人が1着買えば、それだけで180億円の市場です。紳士服の青山商事の年商は約2000億円、マイナビが約300億円ということを思えば、いかにこの数字が大きいかがわかります。更に学生の総額交通費はそれ以上にかかるでしょう。

 

この費用を稼ぐために、多くの学生はアルバイトに精を出します。外食、コンビニ、小売り、接客業と、学生の労働力で成り立っている業界もかなり増えてきました。こうしてみると、就職活動というのは、いまや経済や社会に与えるインパクトが相当に大きくなってきたことがわかります。経団連会長が就職活動短縮に乗り気ではないのも理解出来ます。

 

2015年度になって就職活動が短縮化では、企業採用担当者も対応を暗中模索していますが、『就活サービス』業界はそれ以上に大きなインパクトを受けそうです。2015年度版の業界本に定番記事として残れるか、それとも消え去るか、注目しておきたいと思います。

(ちなみに、日経業界地図での『就活サービス』の景気見通しは「曇り」です。)

 

 

第264号:半沢直樹から何を学べるか?(学べないか?)

皆さんはドラマ「半沢直樹」はご覧になっていましたか?関東地区で今世紀最高の視聴率(42%)を記録したそうですが、私の授業で尋ねてみたら、やはり約4割の学生が視聴しておりました。私は学生に勧められて途中から見始めたのですが、企業の実情をなかなかよく描写していて面白かったです。反面、人事を経験した人間としては、学生には誤解が無いように理解して欲しい点が多くありました。

 

最も気になったのは、やはり「出向」という言葉の扱いです。出向は業界・企業によって意義や運用方法が大きく異なります。このドラマのメガバンクでは、出向は「地獄行きの片道切符」という扱いで、出向になったら仕事人生はもう終わり、という描かれ方でした。しかし、グループ経営の形を取る企業では出向はそれほど悲惨な人事異動ではありません。例えば、海外現地法人へ駐在に出るケースなどは出世とも言えますし、大手製造業の人事部員もよく開発生産をしている子会社に出向しますが、それは本社ではできない労務管理の経験を積むためです。そして、そもそも出向とは必ず元の籍のある企業に戻ることが前提で、以下のような場合は法的に問題になる可能性があります。

 

▼出向が権利の乱用として無効になる可能性のある場合

・業務上の必要性を欠く場合

・人選の合理性を欠く場合

・職種がまったく変わる場合や勤務態度が著しく変化する場合

・復帰が予定されていない場合 等

 

また、半沢直樹のようなトラブルにぶつからなくても、銀行の人事制度は官僚と同じく、支店長になれなければふつうに出向です。初めてこの銀行の運用方法を聴いた時には、やはり「出向=左遷」と思って銀行に就職した多くの知人を可哀想だと思っていましたが、人事部になってから改めて銀行の人事の人と話すと、良くできたシステムだと思いました。当時、一般企業での転職先斡旋は、高齢者のアウトプレースメントくらいでしたから。

 

実際、私の大学の後輩の銀行マンは、日経新聞の経済教室に記事を書くほど優秀でしたが、その後、良い企業に出向(その後、転籍)になって幸せに暮らしています。もっとも、銀行から来た人は数字に強いと思い込まれて苦労したそうです。ドラマのように趣向銀行マンは経理に配属されることが多いのですが、バブル崩壊後は、与信管理(融資金額)がコンピュータ・システムですぐに分かる時代となり、ちゃんと決算書がわかる銀行マンは貴重な存在になってきました。たまに、出向を受け入れた企業から、仕事ができないのでお返しします、と戻されることもあります。(そして、また別の企業に出向になるのですが。)

 

このように、企業者のTVドラマはとても楽しめますし良い企業研究にもなるのですが、上記のような人事についての知識がないと、良くできているだけに、学生にはそれが一般的な事実と思われかねません。逆に言うと、こうしたドラマが楽しめる位に志望企業・業界の研究をしてきて欲しいものです。

 

第263号:採用担当者を休ませて働かせよう

夏休みもたけなわです。インターンシップの対応等がない採用担当者もこの時期は比較的のんびりされているようです。倫理憲章で広報活動の解禁が12月になったお陰かもしれませんが、来年は更にまた時期がズレます。採用担当者の方々に来期の対応を伺ってみると、異口同音に「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」という回答が返ってきます。採用担当者はすっかり休むことを忘れてしまったようですね。

 

採用担当者が「季節労働者」と言われていたのは、インターネットが世の中に広く普及する前、90年代後半まででしょうか。ちょうど就職協定が廃止になった頃ですね。私が営業部から人事部に異動したのは4月で、人事部が採用選考のピークでした。まだ採用活動のことを殆ど知らないままに、会社説明や面接の嵐に巻き込まれ、終電を追いかける毎日になりました。そんな時に先輩が言った言葉を今でも覚えています。「俺たちは季節労働者さ。今は大変だけど、夏になれば毎日(午後)5時に帰れるよ。」

 

20年近く前のことなのに今でも鮮明に覚えているのは、とても信じられないという強烈な印象だったのでしょう。しかし、その言葉は本当で、8月にはそれまでの騒ぎが嘘のように仕事がなくなりました。これも記憶に残っているのは、「本当に早く帰って良いのかな?」という感覚です。勿論、それなりの年代になれば仕事は自分で作り出すものですから、いくらでも新しいアイデアを出して主体的に仕事をすることはできます。しかし、考える間もなく作業に忙殺され続けていると、考えて仕事をする能力が衰えてきます。言い換えると、無思考に作業を続けるのは楽なのです。

 

就職協定がなくなり、インターネットが普及し、膨大な応募者がやってくるようになり、エントリーシートやセミナーの嵐、そして更には3年生向けのインターンシップの準備に留学生対応・・・。今の採用担当者は作業に忙殺されて考えて仕事をする余裕がなくなってきています。10年以上もこの状態が続いているのです。

 

そんな今、政府の方針でいきなり採用時期を遅らせろと言われました。これは「そんなに仕事をしないで下さい。」と言われたのと同じことです。本来ならば、喜んで季節労働者に戻り、今の仕事の問題を洗い出したり新しい企画を考えたり、余裕がないとできないことに取り組むものです。しかし、そうした考える仕事をする能力や感覚を忘れると、「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」というセリフが出てくるのかもしれません。

 

今回の倫理憲章の改訂にあたり、私は採用担当者に大事なことを考えて貰う時間にあてて欲しいと思っています。そうしたことができるのが採用担当者の夏休みであって欲しいと思います。

 

もし採用担当者がどうして良いか途方にくれていたなら、大学のオープンキャンパスにでも招待してあげてはどうでしょうか?オープンキャンパスはどこも盛況ですが、採用担当者が大学にやってきて、「大学の授業に期待すること」とか「就職活動と採用活動の今後の課題を考える・・・」といった対談の企画は見かけません。企業も大学も有意義なオフシーズンを過ごす季節労働者であればと思います。

第262号:ブラック企業が生まれる背景

「ブラック企業」が流行語になってきましたね。その実態や定義が曖昧なので、私はあまり気にしておりませんでした(最近話題になった「ブラック企業大賞」がネットニュース上ではエンターテイメントのコーナーに分類されていたのは苦笑しました)。しかし、厚労省が来月4000社に立ち入り調査を行うとまで聞いて、人事の視点から少し考えてみました。

 

ブラック企業というのは、文献やネット上での定量的判断としては残業時間・離職率・有給休暇取得率等を目安にしているようですが、指摘されている企業の特長を定性(業界研究)的にみてみると以下の点が共通に見受けられると思います。

1.BtoC企業(一般消費者向けビジネス)

2.急成長業界(企業)で大規模化

3.カリスマ(ワンマン)型経営者

4.社員の能力開発投資が少ない

5.少数正社員+多数非正規社員

6.仕事の発展性(専門性)が低い

 

いわゆる労働収益型産業に多く見られる傾向ですね。これらの特長を備えていても立派な企業は数多くあります。しかし、規模が大きくなり従業員が増えるほど、ブラック企業と問われるリスクは高まります。企業にとって恐ろしいことは、数万人規模の企業でも、たった一人が労働災害にあえば、それだけである日突然、ブラック企業にされてしまう可能性があることです。ネット社会になったいま、人の意識も情報の流れ方も大きく変わり、それがまたブラック企業論議を増やす背景になっていますから。

 

正社員中心の日本型雇用慣行を行ってきた企業では、そのような事態にならないように管理者には指導教育をしてきました。それがブラック企業への防止策です。しかし、急速に非正規労働者を導入して拡大してきた企業では、体制構築が企業の成長(膨張?)に追いつかないことがままあります。急速な人員ニーズ⇒非正規社員の増加⇒企業の教育不足⇒労働災害⇒ネット社会での情報拡散というブラック企業生産の公式に陥ります。

 

ここまで書いてきたところで、この話題に当てはまりそうなニュースが飛び込んできました。「秋田書店のプレゼント未発送事件」です。ことの真相はまだまったくわかりませんが、果たしてブラックなのは企業の方なのか、社員の方なのか?注視して参りましょう。

 

*参考URL

▼秋田書店・景品水増し:不正訴えた社員解雇(毎日新聞)

http://mainichi.jp/select/news/20130821dde041040005000c.html

▼不当景品類及び不当表示防止法第6条の規定に基づく措置命令について(秋田書店)

http://www.akitashoten.co.jp/news/200

▼【社告】毎日新聞の報道に対する弊社の見解について(秋田書店)

http://www.akitashoten.co.jp/news/201

第261号:エイベックスの新卒一括採用中止は仰天か?

少し前にエイベックス社が新卒一括採用を中止して、自社独自の採用方式を行うと報道されました。メディアの一部では「仰天」採用、新卒一括採用の崩壊等、注目していたようですが、私にはごく当たり前のことで、何が「仰天」なのかがわかりません。改めて思うのは「新卒一括採用」の理解とは凄く難しいことなんだなあ、ということです。

 

私がこの方式が「仰天」にはあたらないと申し上げるのは、以下の理由からです。

「新卒一括採用」は、

1.日本全体の雇用からみれば、大企業だけの特殊な方式である。

2.過去の流れからみれば、相当に変化が激しい。

3.特定の産業には不向きな方式である。

 

周知の通り、世の中の殆どの企業は中小企業であり、新卒一括採用を行っている大企業は全体の1%にも満たないです。その1%の大企業に大学生の過半数が応募しているというのは、この10年間の情報技術の発展が可能ならしめたことです。そして、その応募者の殆どが不採用になっていることに疑問を持たずに毎年継続されているということの方が仰天です。(結果、大学・学生・企業が疲弊する。)

 

新卒一括採用は、少し長い目で見れば、相当に変化をしています。例えば就職活動の解禁繰り下げについて3年生の3月1日以降にするという最近の決定も、1980年代の解禁日は4年生の10月1日でもっともっと遅かったですし、更に遡って1970年代となると、今と同じく3年生の秋から開始されていました。他にも「指定校制度」の廃止等、仰天する出来事は多かったです。

 

また、新卒一括採用など最初から気にしていない特定の産業があります。この代表がマスコミ業界、新興ベンチャー企業等で、エイベックス社もその範疇です。創業20年の同社は、新卒採用を16年前から行ってきたそうですが、それは新卒一括採用が現在のように相当に産業化されてからの参入で、採用規模も20名程度ですし中途採用の方が中心です。

 

こうした背景の中でエイベックス社が「今の」新卒一括採用に疑問をもつのは当然のことであり、私から見れば本来の姿に戻ったという印象です。年初に話題になった、岩波書店の縁故採用重視主義と同様のルネッサンスのようなものです。岩波書店が採用方式を変えたのは、ネット環境の進化による無理解な応募者の急増によるもので、エイベックス社の動きと同じです。その変更方式を、大々的にやるのか、内々でやるのかには、2社の業界・社風の違いはありますが。

 

実は私も音楽業界に関心があり、4年生の夏からは有名なレコード会社に入りこみ、モニター活動に精を出していました。給料は貰えませんが、新人アーティストの広報活動のお手伝いなどをさせて貰いました。今ならまさに「インターンシップ」ですね。それによって、殆どの若者(大学生とは限りませんでした)は、「この業界は仕事にしない方がいいや」と判断して趣味と割り切りましたが、ごく少数の者は、そのままその業界に就職しました。エイベックス社の創業者がまだ大学生になる前の時代ですが、やっと同社もそうした原点に辿り着いたようですね。