第405号:オーケストラ(吹奏楽)が人事に評価される理由

夏休みに入り、学生達は海に山に繰り出し、部活動やサークルの夏合宿のシーズンです。高原の避暑地に行くと、どこからともなくクラシック演奏のしらべが流れてきて、音楽系部活の練習だなあ、とわかります。体育会学生は採用担当者に人気ですが、オーケストラオケ)の部活経験者もわりと人気があります。それは体育会同様、企業での社会活動との共通点が多いからです。

経験者の方には「オケは体育会だ!」という言葉は当たり前のことでしょう。しかし、クラシック音楽とはまったく縁の無かった採用担当者にとっては、上品な趣味としか見えていないことがあります。私もたまたま大学時代にオケ部の親友に教えてもらって、初めて理解しました。以下のような点で、オケの経験は、ちゃんとした社会人としての能力として評価出来るのです。

1.体調(健康)管理

仕事で休まないのがなにより一番です。これは音楽学部の学生全般的にも言えることで、音楽というとひ弱に思われることがありますが、意外とそうではありません。かつて採用した音楽学部のおしとやかな事務職女性は「体調が悪くて・・・」という理由で休んだことがありませんでした。オケでは一人が休むと部員全体に影響を及ぼします。自分一人だけの都合が組織に迷惑をかけることを、身をもって知っているのです。ちなみに、体力で自信のあった運動部の私が、健康診断でオケ部の友人の肺活量には完敗でした。

2.期日までに課題をやり、他者に評価される

ケイオンのように(と一括りにはできませんが)自分たちが楽しければ良い、良かったら聞いて下さい、というサークルと違うところです。期日までに指定された課題を達成しなければなりませんし、一夜漬けはききませんので、コツコツと着実な努力を求められるところも仕事と同じです。ちなみに、ソリスト(声楽、ピアノ、バイオリン)の場合は、ちょっとわがままだったりしますが。

3.演奏以外の庶務

演奏だけでなく、演奏をするための関連部署との折衝等(高校レベルだと顧問の先生等が担うことも多いですが、大学では学生が自主的に行うのが普通)を行うこともオケ部の学生が人気の理由です。上級生になれば、部員全体のスケジュール管理に指導、会場費用等の予算管理も行い、社会人とのコミュニケーション交渉)もあります。演奏ではなく、こうした裏方の作業の方が、募集職種によっては、意外と高評価になったりします。

ちょうど高校野球の決勝が終わったところですが、甲子園での応援演奏を見ていてもオケ(野球の応援は弦楽器のない吹奏楽)経験者の体力と根性とチームワークがわかりますね。しかし、その高校時代のハードな体験の反動か、大学で継続活動しない学生も多いです。自己PRの就職相談で、「頑張ったことは、高校時代のオケ部のことでも良いですか?」との質問をよく受けます。

採用担当者としては、大学時代に頑張ったことを聴きたがるものですが、運良くオーケストラの経験がある採用担当者にぶつかったなら、きっと目を細めて耳を傾けてくれることでしょう。でも、その高校時代の経験を、大学生活にどう活かしているかを語ることもお忘れなく。

第404号:内定辞退者予測サービス事件

リクルートキャリア社の内定辞退者予測サービスリクナビDMPフォロー」が炎上して廃止になりました。本件から思い浮かぶのは、DNA社のコンプガチャ興信所による内定者の身辺調査ビジネスです。どちらも違法ではありませんが、それが世に広く出ることによって社会問題が起きることは明らかで、こうした事件をみる度に『教養』の欠如を感じます。そして採用担当者の課題も。

この事件が起きた背景には、クラウド型採用管理ツールの市場への普及があります。2000年頃までの応募者情報は企業内機密で、私もまだクラウドサーバーに置くのはためらっていました。物理的に隔離するのが確実なセキュリティだからです。しかし、それから約20年、ネット環境の改善とツールの進化によって、応募者管理はクラウド上が普通となり、大手就職情報業者が一括してビッグデータをもつようになりました。

内定者防止の対策には、入社後の仕事イメージを形成するセミナーの開催、配属先の約束をする等があります。ネット&リアルにコンタクトして、内定者間のコミュニティを形成させ、会社への信頼関係や入社意欲を向上させることが狙いです。しかし今回の事件は、内定者が登録サイトから知らぬ間に動向を調査されて情報を形成・提供される異質なものです。

今回の事件がエグイのは、クライアント企業の応募者データ内でのサービスではなく、その応募者が他の企業を回っているデータとの関係性をAIで推察して内定辞退確率を算出・提供する点です。応募者が知られたくない本命企業へのアクセスが知らぬ間に内定企業に渡されているのです。同社では同意を求めていると説明していますが、このように使われることを利用者は何処まで理解しているのでしょうか。

かつて世界を騒がせたアンダーセンコンサルティング社が分割されたことも頭をよぎります。会計情報コンサルティング情報に流用する不誠実さを、外部の利用者の誰が気付くことができましょう。

アナログ時代からの経験で、かつ知っている少数範囲の方々で恐縮ですが、昔の業者の方々は、こうした一線はこえないモラル矜持、危ないところを避ける勘はもっていたと思います。そこに歯止めがかからなかったのは、IT時代のあだ花と言えるかもしれません。

今学期、あまりに一般常識を知らない学生達にこんな話しをしました。

一般常識とは、正解がない時の判断基準だ。注意すべきは、自分都合ではなく、相手(社会)都合で考えることだ。その常識を形成するものは『教養』である。アリストテレスの『実践知』とは、そうした判断力(共通善)をもった行動力だ。」

面白いもので、教えればそれまで無礼だった学生達が多少なりとも相手の都合を考えるようになります。最終授業のリアクションペーパーで「この授業で自分が変わったと思う思考・言動は?」と問うと、この一般常識をあげる学生が多かったです。一般常識という言葉は知っていても、その当の意味を初めて知ったのでしょう。

それにしても、このサービスを買う方も買う方です。内定者フォローに4~500万円もかけられる企業は、採用関係費が豊富で、内定者が相当に多い大企業に限られます。そんなに予算があるなら、もっと良い内定者フォローができるでしょうが、採用担当者不足なのかもしれません。

本件は、内定者の顔も心も見えなくなった(見ようとしなくなった)採用担当者の問題でもあるのです。