第268号:「頑張ったこと」から「やるべきこと」へ

12月を目前にして、採用担当者の動きもいよいよ慌ただしくなってきました。Web上での受付を準備して大学訪問の予定をたてて・・・というのは例年通りですが、採用面接については、少し変えてみようかな、と考えている企業がチラホラ出てきました。今までの質問ではどうも大事なことを見落としているかもしれない、ということなのです。

 

こう語られたのは複数の有名企業の採用担当者の方ですが、その問題意識は大卒新入社員の早期離職から生まれました。早期離職の要因は、配属された職場での人間関係や業務内容との相性、いわゆるミスマッチと考えてきたそうです。その点は変わらないけれど、最近は面接で高評価の学生ほどやめていくように見えるとのことです。

 

求める人材の中に、「やりたいことが明確な人」というのがありながら、最初の配属が希望通りでない場合に優秀な学生ほど「時間の無駄だ」と考えて転職行動にでるようです。(これは外資系企業ではあたりまえのことですね。自分のキャリアは自分で選ぶ社会です。その意味では、若者の方が企業よりグローバル対応が早いのかもしれません。)

 

さて、どうしたものかと悩んだ採用担当者の方は、面接の質問を少し変えてみようと考えています。これまでは「どんなことでも結構ですが、貴方の頑張ったことは何ですか?」と体験談を掘り下げていくコンピテンシー面接でしたが、学生は自分のやりたいこと(好きでやってきたこと)をテーマにすることが多いです。この面接の視点は間違ってはいませんが、それに加えて「貴方が誰かに依頼されてやり抜いたことは何ですか?」「やりたいことではなく、やるべきこととして挑戦したことは何ですか?」という質問をしてみたいとのことです。現実の会社での仕事の与えられ方に近い質問ですね。

 

最近また、「入社後3年以内に辞める若手社員」の問題がメディアでとりあげられています。今はブラック企業とのタイアップのニュースにされることも多いです。この問題は永遠になくならないと思いますが、それに対応する努力はできると思います。この採用担当者であれば、このように面接の質問を変えることで改善しようとしていますが、一方で学生も対応力をあげることはできると思います。

 

例えば、「信頼貯金」という考え方をもつことです。これは私の授業で、ある企業人事の方が学生に話されたことです。『初対面の他人の依頼でお金を貸す人がいないように、仕事の実績がない新入社員にいきなり大きな仕事は預けられません。なので、まずは簡単で小さな仕事をこなしてみて、それができたら次に少し大きな仕事を・・・という積み重ねの中から信頼を貯めるのです。そして自分の提案を聴いて貰えるようになるのです。』(多くの学生が納得していました。)

 

これは言い換えれば、モチベーションを貰う人ではなく、モチベーションを作れる人、ということです。私は学生がこうした考え方を知るだけでも相当にストレス耐性や現場対応力は向上すると思っています。やりたいことばかり考えさせすぎた(問い続けてきた)ことが、却って若者の能力を削いでしまったのかもしれません。

 

第267号:無いものねだりの「求める人材」

企業セミナーで、採用担当者からの説明や学生からの質問でもっとも多いものに「求める人材」がありますね。このテーマについては以前も書きましたが、私は「求める人材」を求めすぎる人は「正解探し」をする人なので、あまり求めたくありません。正解のない問題に試行錯誤しながら挑戦するのが社会なのですから。(大学も本来はそういう場なのですけどねえ。)しかし、意外と採用担当者もこの点に気づいていないことがあるようです。

 

これはある中小企業の相談にのった経営コンサルタントの話です。その企業の新卒社員の早期離職率は、30%どころか70%で人事担当者が困っておりました。決してブラック企業ではなく、比較的良い企業なのですが、新入社員に「こんなはずではなかった・・・」と思われ、早期離職してしまうそうです。困った人事担当者は経営コンサルタントに相談し、入社式で講演をして貰うことになりました。すると、離職率がいきなり0%となり、辞める社員はまったく居なくなったそうです。さて、どんな講演をしたのでしょう?

 

この経営コンサルタントが話したのは、こんな内容です。

「君たちは就職活動の時にこの会社の説明を聞いたと思いますが、その時に『求められる人材』という話があったでしょう。ハッキリ言いますが、『求められる人材』とは『あるべき姿』であって、実際この会社にはそんな人はめったに居りません。これはどんな会社に行っても同じです。だから、これからそれぞれの仕事の現場に就いて、現実とぶつかるでしょう。でも、それは先輩社員も同じで、皆さん方を期待して迎えてみて『え、こんな新人の面倒をみるの?』と思われるかもしれません。だからお互い様ですね。そこからが始まりです。先輩も新人もお互いに理解し合って、『求める人材』になれるように頑張るのです・・・。」

 

これはコンサルタントのスキルのひとつである「エクスペクテーション・コントロール(期待値の管理)」というものです。クライアントである顧客の期待がどの程度のものであるかを把握して、現状や提案との大きな乖離がないように事前にしっかり説明することです。コンサルタントは往々にして過大な要求を受けて過大な期待をされがちですから。

 

新卒採用の言葉で言えば、リアリティショックの軽減ですね。要はワクチンをうっておくということです。今の学生は授業の説明の受け止め方が、本当に自分の都合良いところだけ、都合の良いように聞いています。あまりに自己都合になってきたので、私は授業のルールを紙に印刷して配布することにしています(なんだか外資系企業みたいになってきました)。

 

さて、だんだんと増え始めた企業セミナーをたくさん聞いていると、やはり採用担当者は声高々と「求める人材」を語ります。この経営コンサルタントの話を聞いた後に、何人かの採用担当者にこっそり尋ねてみたら、「ええ、確かにそんな人はなかなかいませんね・・・。」と気づかれた方が多いです。人事から依頼されてやってきたある現場社員からは「ええ、人事部の資料の『求める人材』なんて凄すぎるので、私は別にうちの部署に『望ましい人材』と勝手に話しています。」と伺い爆笑しました。「求める人材」は採用選考基準ではありません。採用担当者が語るのは、入社してからそんな社員になって欲しいという気持ちなんですね。もうちょっと気楽に受け止めて良いと思います。